2023/09/13

げんかつぎ

 無事に知人たちとの夕食会に参加して「明日はなにをしようか」という話題で盛り上がった。Crew7の打上げに際してNASAから事前に知らされていたイベントは下記の3つ。

L-3(3日前) チェックイン
L-2(2日前) Wave Across
L0(当日) 打上げ

「日程に余裕をもって来い」「3日前には着いておくように」というわりには打上げ前日には予定がなにもないのでちょっとヒマになる。前の週にKSC入りした知人の偵察で「近くにいいShooting Rangeがあるよ」と聞いていたので、好奇心の強いメンバーで訪れてみることにした。KSCからインディアン川を渡った対岸にアメリカ警察殿堂博物館(American Police Hall of Fame & Museum)というのがある。

「あれ?こんなの前からあったっけ?」と調べてみると設立は1960年にフロリダ州ノースポートだけれど1990年にマイアミに移転し、さらに2003年にTitusvilleのこの地に引っ越してきたらしい。全米警察署長協会(National Association of Chiefs of Police)が運営しているとのことなので、民間の射撃場よりも信頼性があるかな?? 15年前はその隣にあった「合衆国宇宙飛行士の殿堂」を見にきたけれど、当時はその隣になにがあるかなんて気にしてなかった。

みんなで盛り上がっているときに「プリゴジンが乗ったジェット機が墜落した」という第一報がiPhoneのニュースアプリに飛び込んできた。「あーこりゃ暗殺だね」「でもこのタイミングでやるかねふつー?」などと皆で勝手なことをわいわいと言いあう。渡航前に「プーチンが突然とち狂って妙なことを始めないともかぎらない」と漠然と思っていたのは、まぁある意味で正しかったともいえ…なくも…ない?

午後は時差ぼけで眠くなるので午前中に行くのがいいかなと思ったが平日は正午かららしい。 Best Westernの近くの中華料理屋にいったん集合して昼食を食べてからみんなで向かおう、ということになった。そういえばこの中華料理屋、毎日新聞の元村さんと来たところだな。ボリュームが殺人的に多いアメリカの料理に飽きた時にはこういうところでみんなでシェアして食べるのが救いになる。

昼食の後、知人の一人がショッピングモールの駐車場で充電中だったテスラの運転席に座らせてもらった。テスラを試してみたいというミッション、コンプリート。こんな感じでちょっとした買い物の途中にこまめに充電しておくのがお作法らしい。アプリで充電の様子も見られるし周囲にあやしい人間がいないかもチェックできるしエアコンもリモートでonにできるそうだ。別の知人はアプリを入れたあとモバイルルーターをホテルの部屋に忘れてきてドアをロックする方法がわからなくなって詰んだ、と言っていた。

みんなでテスラの品評会をやったあと、おもむろにShooting Rangeへ。

博物館とShooting Centerの窓口は別なのか、へーそれならShooting Centerへ直行だね、と話しながらドアを開けると、もうパンパンと銃声がしている。薬莢が床中に散乱している。さて受付を済ませて、と思ったら、この日に限ってパスポートを別のカバンにいれてBest Westernに忘れてきたことを思い出した。なんたるチョンボ。

知人たちに「取りに戻る」と告げてレンタカーで引き返した。途中、うっかりSR405の反対車線に入りかけてパッシングされて気がついた。うえー、「日本人観光客、フロリダ州の高速道路を逆走して交通事故死」の見出しになるやつやん。

じぶんは信心深くなどないし、げんかつぎなどにこだわる方ではないのだが、この日はこれでなんか悪いつきものを落とした気がした。制限速度を守りながらBest Westernにまでゆっくりと戻る。水をたっぷり飲んで気持ちを落ち着けた。

午後は時差ぼけで眠くなるのでこの日は朝からなんとなく落ち着かない気がしていた。だがこのちょんぼですっかり目が覚めた。平安時代なら「方違え(かたたがえ)」と「鼻向け(はなむけ)」やね。

気を取り直してShooting Centerにゆっくりと戻り、受付を済ませて知人たちと合流した。Glock 17に9mmを5発ずつ装填して撃つ。インストラクターが「両手でこう支えてゆっくり引き金を引いてみろ」というので感触を確かめる。「さぁ次は撃ってみろ」というので「ちょっと待って、初めてなのでもう一度感触を確かめさせて」といって時間をかけて体の体勢を整えて引き金の感触を探る。次は実弾。呼吸を整えてゆっくりと引き金を引く。

9mmは思ったほど反動はなかったがそれでもなかなかの衝撃だった。インストラクターが興奮して「おい!いまのがどこにあたったか見てみろ!」と的を引き寄せる。

20 feetで2cmくらいか。人生初の1発にしてはなかなか良かったかな。ビギナーズラックってやつね。

そのあと30 feetにしてしばらく撃ってみた。何人かで的を共有するのでじぶんは左の「7」と「8」を狙った。30 feetっていえばかっこいいけれどたった9メートルやん。三段跳びで接近戦に持ち込まれるくらい近い距離やん。なかなか当たらないもんなんやね。リコリコ、疑っててごめん。

***

2011年に最後のスペースシャトルのフライトが終わって、アメリカの有人宇宙プログラムはロシアのソユーズに依存していた。2019年にSpaceXがCrew DragonをKSCから打ち上げた時に、打ち上げ前に行うげんかつぎの一つであるトランプゲームってどんなものだっけ?とみんなが忘れていたらしい。と、とある日本人宇宙飛行士から聞いた。正解は「コマンダーがトランプゲーム(ポーカーかな?)で負けるまでゲームを続ける」のだそうだ。

コマンダーが抱えこんでいるbad luckをトランプゲームで負けることによって消費してしまおう、というのがその由来らしい。にしても、たった10年くらいで忘れてしまうんか。

じぶんも人生初の射撃ということで気がつかないうちに緊張していたらしい。逆走というbad luckでつきものを落としたのかな、などと考えてしまう。事故を起こしては元も子もないので、トランプゲームのような他愛もないものでbad luckとおさらばして、平常心でミッションに臨むことをみなさんにはおすすめする。

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