2023/09/11

Titusville vs Cocoa Beach

KSCVCは15年前に訪れた時と比べると展示内容が一新されていて他にもまだ面白そうな展示があったけれど、翌々日の深夜の打ち上げに向けて体力を温存するために早めにBest Westernに戻って一眠りすることにした。途中、CVS Pharmacyに立ち寄ってDEETの入った虫除けスプレーを入手する、というミッションを無事にこなしつつ。

手指消毒用のエタノールを感染症予防のために小分けのスプレーボトルに入れて持ってきていたのだけれど、往路の旅路で予想以上に消費したので補充用のエタノールも買った。といっても旅行者用のコンパクトな瓶などは売っていなかったので家庭用のバカでかいボトルを買った。

 Ethylと書いてあるけれど、臭いを嗅ぐと独特だった。酒がわりに飲んだりしないようにイソプロパノールやなにか他の溶剤もいっしょに入れてある。自分の滞在中には使いきれないので、NASAのパスを代理で受け取ってくれたアメリカ在住の知人にあとであげることにした。

Titusvilleの交通の要であるI-95にほど近いBest Western Space Shuttle Innに泊まるのは今回で4回目。われながらよく飽きないもんだと感心する。36年前のフロリダ旅行の時に立ち寄ったのが最初だけれど、その時はまだそこそこ新しかった。2005年の野口さんの打上げの時もここだったし、星出くんの時はどうだっけと当時の資料を探してみたら、やっぱりここだった。今回の宿探しではExpediaにアカウントを作って幅広くいろんなホテルを検討したのだけれど、結局、空港からもKSCVCからも近くて土地勘のあるここに泊まることにした。ただし今回は全6泊の滞在を3つのホテルに分けて。

今回現地に集合した知人たちはみなケープカナベラルの南側の海岸線、Cocoa Beachのホテルに泊まっていた。正確に言えば事前の情報交換ではTitusville派とCocoa Beach派に分かれていたのだが、打上げの日程がどんどん後ろにずれていくうちに、仕事を休む日程調整ができなくなって脱落していった知人たちが4人ほどいた。その人たちはせっかく予約した航空券を無駄にしないためにKSCを見学に来て、運良くFalcon9のStarlinkの打上げを見ることができたようだ。

知人たちは星出くんやなおこさんの打上げの時にJAXAが指定した集合場所がCocoa Beachだったのでその時に宿泊して気に入ったらしい。海岸なので散策したり朝のジョギングをする知人もいたりして、観光地として賑わっているCocoa Beachが安心感があるらしい。マーキュリー・ジェミニ・アポロの宇宙飛行士たちもこのビーチに滞在したりバーに立ち寄ったりという歴史もある。ただし今回はJAXAからの関与が少なく、NASAからの直接の連絡にしたがってKSCVCの駐車場に各自集まることになっていたので、Titusvilleからの方が近い。

ただBest Westernのような安モーテルは、よほどアメリカでの生活に慣れた人にしかおすすめできない。ハリウッドのロードムービーに出てくるようなカジュアルさというかとにかく最低限の要素しかない。冷蔵庫と電子レンジがあるのは助かるけれど、みんな土足で歩くので床がじゃりじゃりする。今回はエールフランスでもらった室内ばきスリッパを使い捨て用に持ち込んだ。

今回ひとりだけTitusvilleに泊まることにしたことについて知人たちから問い詰められて、「空港から近いしホテルも安いから」と答えた。そう、ExpediaでみてもCocoa Beachのホテルはワンランク高い。それでもCrew7が無事に打上げられた夜だけCocoa Beachに泊まって打上げの打上げ会をみんなで盛り上がろうと考えていた。

ところが日程が迫ってきてからの度重なる変更で、狙っていたホテルが満室になってしまった。仕方がないので打上げ当日はTitusvilleに最近できたというNASAやJAXA関係者いち押しらしい別のホテルを予約した。というわけで結局、ひとりだけTitusvilleに泊まることになった。

前回も星出くんの打上げのあとの打上げ会をCocoa Beachでやったので、土地勘がないわけではないのだけれど、観光地っぽい雰囲気がなんだか落ち着かない。例えていえば湘南海岸におのぼりさんがひとり紛れ込んできたみたいな… 今でこそ#青ブタシリーズの聖地をストリートビューで片っ端から特定していったので目隠ししたまま七里ヶ浜や藤沢駅に降り立ってもどっちにどう歩けばなにがどこにあるのかの土地勘はあるのだけれど…

閑話休題。

自分がなぜTitusvilleのほうが好きなのかを打上げ後も考えていて「真ん中からやや上の中産階級が暮らしている適度に田舎な街の生活感」が自分をホッとさせることに気がついた。 以前住んでいた中西部の田舎町と生活のリズムが似ているのだ。通りを走る車のグレードやスーパーマーケットに来る客層を見れば、その土地の文化や治安がなんとなくわかる。たぶんKSCに勤める関係者の給料がこの町の経済を支えている。

そう考えると、NASAが米国社会にもたらす経済効果の一面が少し見えてくる気がする。 

Eaglesの曲のひとつにLast Resortというのがあって、その雰囲気が大好きなのだけれど、歌詞をみるとアメリカの西部開拓史の縮図のように見える。

Where the old world shadows hang - ヨーロッパの重い空気が残る東海岸のロードアイランドをあとにして、ロッキー山脈、the Great Divideに集まってくる人々、そしてさらに理想の地を目指して西海岸で太平洋に沈む夕陽を見る。Malibuという地名が今乗っているレンタカーと同じなのは偶然か。シカゴを出発してカリフォルニアのサンタモニカまで走る「ルート66」はアメリカ人にとってある種の理想の未来を追い求めるような旅であるらしい。

非常にざっくりいえばこのアメリカを北東部から南西部に結ぶ道がアメリカの発展を支えた主要な地域で、右下と左上はその発展からすこし取り残されてきた。マンハッタン計画やNASAの主要な研究所がその取り残された地域に作られたのはそれなりの必然性があったのではないかと感じさせる。

そんな中で旧ソ連との宇宙開発競争が始まり、ケープケネディは一躍、アメリカの希望を支える最前線となった。ウォルト・ディズニーもNASAのフォン・ブラウンの計画が大好きで広報活動をずいぶんと後押ししているし、ディズニーワールドをオーランドに建設したのも、フロリダを一種の未来都市にしたかったからではないかとも思える。

今、アメリカの宇宙開発は SpaceX ほぼ一色といってもいいくらいの新時代を迎えつつある。Titusvilleの未来がこれからどうなるかはわからないけれど、少なくとも今は自分をホッとさせる街だ。マーキュリーやジェミニ・アポロの時代を知る人々がボランティアとして働く小さな博物館もあるし、セスナの免許が取れそうな小さな飛行場もあるし、もし自分が老後をアメリカで暮らすことになったらTitusvilleは悪くない選択肢だな、と思う。

EaglesのLast Resortは最後、こんな歌詞で終わる。

And you can see them there on Sunday morning
Stand up and sing about what it's like up there
They call it paradise, I don't know why
You call someplace paradise, kiss it goodbye

"up there"は「天国」とも解釈できるが、自分は1976年当時、宇宙ステーションのことだと解釈した。今ならさしずめイーロン・マスクが目指す火星、だろうか。アメリカ人の「業」を感じさせるような歌だ。

Live long and prosper.

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