オーランド空港(MCO)を飛び立った飛行機は南向きに離陸して左に旋回するとワシントン・ダレス空港(IAD)に向かった。
IADに近づいてきたらまた飛行場が見えた。これは民間の飛行場ね。集荷センターみたいなのが横にある。ここもなんか楽しそう。
こういう感じでたまたま見かけた地点の聖地特定をしているとGoogleマップが傾向を学習して「こんなのも好きなんでしょう?」と提案してくれるようになるので、毎日が発見になる。IADでの乗り換えは50分ほどしかなかったけれど、羽田便のゲートは近かったので難なく間に合った。機内では「007 No Time to Die」を観はじめたのだけど、さすがに疲れがたまっていたので半分ほどで寝落ちした。
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KSCではアルテミス計画の最初のクルーの打上げ日リハーサルが開催されたらしい。新しい世代の(でも我々の世代の感覚とも近い)宇宙開発がまたここから始まるのか。
Image Credit: NASA
今回の渡米で感じた(20世紀の)アメリカの強さをひとことでまとめるとすれば「信念をもつリーダーをどのように選んでそのリーダーに国運を賭け、必要な資金と人材を集めて円滑に運営させていくかというノウハウ」が蓄積していること、に尽きると思う。
マンハッタン計画にせよアポロ計画にせよ、オッペンハイマーやフォン・ブラウンのような天才を発掘し、発掘したその人物を信頼して資金と人材をかき集めてくる手腕がすごい。どうしてもそのプロジェクトを率いた一人の天才に注目してしまうけれど、天才は一人では足りない。「その天才を信頼してプロジェクトを支えたプロデューサー役は誰もしくはどんな組織だったのか」という分析がこれまでは足りていなかったような気がする。いや分析はされているのだけど、そこから先を真似しようとしてもうまくいかない。
逆説的だけれどうまくいかないのがじつはあたりまえ、だからなのかもしれない。アメリカでも頓挫した巨大プロジェクトはじつは無数にある。「頓挫することがあたりまえ」を必要なコストの一部として許容できるのかどうかという国民性の違いに注目する必要もあるのではないか。いやアメリカ国民だって失敗を許容なんてしてはいないと思うがそれでも社会が前に向かって進んでいく。それはなぜか。
もう一つ、国を救ってくれた英雄とも言えるオッペンハイマーにしてもフォン・ブラウンにしても、彼らがその後、国策とは異なる方向に歩み始めたと判断されるやいなや、あっさりと梯子を外されて冷遇される、という冷酷な一面がアメリカ社会にあることも忘れてはいけない。一人のエンジニアとしてそういう人生を過ごすことを幸福だと思えるのかどうか。
才能のある天才を発掘してその個人に国運を賭ける、という手法からは西洋型の封建制度を感じる。
中国や日本の封建制度は皇帝や殿様が臣下の一族に土地を封建し、その見返りとして主従関係を締結するのに対し、西洋では国王と臣下が双務的契約関係を締結するのだとされる。騎士は国王に絶対的忠誠を誓うが、国王が崩御するとその騎士は次に誰に仕えるのかを選択する自由がある。シリコンバレーでいろんな天才たちが次々といろんな会社を渡り歩いて活躍しているのがこの西洋の騎士のイメージに近い。
日本の社会はこの血族的な封建制度の延長線上として「お家だいじ」「学校だいじ」「組織だいじ」「省益だいじ」という絶対的価値観を前提として個人の本音よりも組織の存続を優先するように動いているように見える。粘菌がそれぞれランダムな動きをしているように見えるのに迷路を最短距離で通り抜ける最適解をいつの間にか見つけ出してくるようなイメージ。
日本でマンハッタン計画やアポロ計画と同規模の巨大プロジェクトといえば連合艦隊の創設かもしれない。最初から「真珠湾を攻撃するぞ」という明確な目標があったわけではなく、一人のリーダーが計画をオーケストラのように指揮したわけでもなかった。全体としてはいろいろと迷走しているが、個々にみれば戦艦大和にしても零戦にしても酸素魚雷にしても様々な天才たちがそれぞれの持ち場で才能を発揮して局所最適解を導いている。まさに国運を賭け、限られた資源と人材を投入し尽くしたと言える。日本独自の原爆を開発する目論見もあったが、結局は資源も人材も時間も求心力も足りなかった。
これはどちらがいいという問題ではなく、それぞれの社会がどのように成立して、それぞれどのようなやり方が適しているのかが表面上はかなり異なっているから、かもしれない。
今でこそ飛ぶ鳥を落とす勢いでロケット打上げ市場を席巻しているSpaceXだけれど、ロケットの1段目を射点に戻して回収するというアイデアを最初に発表した時はみんな驚いたし懐疑的だった。どこの馬の骨とも知れない新興企業に投資することに賭けたNASAの決断はお見事というほかはなかったし、そのNASAにしてももう一度同じことをやれと言われても、おそらくは失敗する確率の方が高いだろう。ほんとうに注目すべきなのはNASAがこれまでどんな失敗を繰り返してきて、どのような失敗の上に現在の成功があるのかのマネジメントのノウハウのほうかもしれない。
SpaceXだって次のStarshipが成功したとしても、それによって民間市場を開拓して資金調達ができるのかどうか、余談を許さない。もしかしたら太陽光発電を今のStarlink衛星のように大量にばらまいてあっさりと「誰しもが買いたいと思うサービス」を提供し始めるのかもしれないし、あっさりと経営破綻してイーロン・マスクは孤独な老後を送ることになるのかもしれない。巨大化した恐竜はちょっとした環境の変化ですぐに絶滅するリスクを背負う。指数関数的成長はどこかで必ずガラスの天井にぶつかる。その天井はどこにあるのか。
家に帰ってきたときふと「RTB」という言葉が頭に浮かんだ。Return to Base、つまり基地に帰投した、という軍事用語だが、Baseには基盤、基礎、土台、基底、という意味もある。1週間の旅行の記憶を薄れないうちに残しておこうと思って書き始めたこのブログだけれど、まとめるのにその3倍の時間がかかった。それだけ濃密な時間を過ごしていたということか。明日からはまた日常の生活が始まる。一種の興奮状態から覚めて基底状態に戻る。